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濃尾震災と岐阜 -俄然天地鳴動する-【金華街角コラム】

2020.03.22 133

濃尾震災と岐阜 -俄然天地鳴動する-

激震に襲われ

 明治23年(1890)春は、連年の不景気や凶作などで、米価が高騰して飢えた人があふれ、各地で救援金募集や困窮者への米・麦の支給が、おこなわれるありさまだった。さいわいその秋は豊作で、翌24年も平年作の見通しがたち、一息つこうとした矢先の10月28日午前6時37分、マグニチュード8.0を超える大地震が、岐阜県を中心とした地域を襲った。

 その激しさは、「倒れた身体が横に臼を引きまわすように転がされた」などと記録されている。そして、直後に起こった火災が、さらに被害を大きくした。この大災害は「濃尾震災」と呼ばれている。

 地震発生4日後の11月1日に発行された「岐阜日日新聞号外第一」掲載の「震災当時岐阜市の実況」には、地震発生時の状況を次のように書いている。「俄然天地鳴動すると同時に、大地は動揺して、或いは高く、或いは低く、見る見る欠裂を生じて、おびただしく噴水し、人家は、右に揺り左に舞い、たちまち転覆して、人畜を圧死し、震動およそ1分30秒間にして止む」。震動時間は、被害にあった人によって、10秒とも10分とも答えており、極限状況での人間の感覚の頼りなさを、思わせる。ただし、測候所の地震計を破壊するほどの激震の後も、余震が繰り返し、28日午後だけでも、100回以上の震動が記録された。

 強烈な震動が止んで、呆然としている人びとの耳に、火災を知らせる半鐘の音が響きわたった。最初に出火したのは、岐阜市秋津町の蚕糸組合事務所と伝えるが、すぐに木造町・下新町・七曲町(現在の本町6丁目)・鍛冶屋町(同4丁目)にも火の手が上がった。

 家族や家を失い、うろたえる市民は、消火につとめる者も少なく、秋津町・七曲町・木造町はようやく消し止めたものの、他の二町の火は、東北に向かって広がった。さらに、午後2時ころから西北風が強く吹き、あおりたてられた火勢は、東南方向へと町を焼き尽くしていった。

 このとき、かなりの人数が、家財とともに伊奈波神社に避難していた。しかし、西北風をまともに受けて、山上も山下も一面の火の海となり、集まった人たちは、荷物を捨てて、家族ちりぢりになって逃げのびた。午後3時ごろには宏壮な社殿は、ただ礎石を残し、うっそうと茂っていた老樹も、枯れた幹を見せるだけとなってしまった。

 市内に広がった火災は、師範学校生徒や囚徒たちの活躍で次第に消し止められたが、倒壊家屋で道をふさがれ、井戸水は枯渇し、消防用具も倒れた家の下になっていて使えず、消火活動は困難をきわめた。金華地区の南端を、東西に横断する堀が、最後の防火線となり、死力を尽くして消火につとめたものの、一部は堀を越えて南に燃え広がり、地震から丸1日以上たった29日の午後2時になってようやく鎮火した。この堀は震災当時は「糞堀」という、ありがたくない名で呼ばれていたが、かつては岐阜城下町の南の備えであったもので、現在は暗渠になっている。

伊奈波神社門前の状況

 濃尾震災で、岐阜市(この時期の岐阜市は現在よりもずっと小さな区域)では、死傷者約1,500名、総戸数の3分の2が全半壊し、3分の1が全焼した。岐阜県・愛知県では、25,000人以上が死傷し、道路や橋、堤防を含めて被害ははかりしれなかった。

 若宮町2丁目には、このとき亡くなった人びとの慰霊のために、衆議院議員であった天野若円が建立した震災紀念堂がある。明治26年の震災三回忌にさいして開堂式を挙行し、若円の没後も、毎月28日には慰霊が営まれ、現在にいたるまで続けられてきた。紀念堂が所蔵する分厚い「震災死亡人台帳」には、金華地区の人約60名が含まれ、その中には川合玉堂の父、川合勘七の名もある。

濃尾震災による金華地区の被害

『震災被害取調材料』より。数字は原文のままで、土蔵なども含むと思われる

米屋町(新桜町の一部を含む)
【全焼家屋:60】

桜町(伊奈波通1丁目)
【全焼家屋:80】

万力町
【全焼家屋:32】

白木町(栄扇町の一部を含む)
【全焼家屋:155】

常盤町
【全焼家屋:41】

扇町(栄扇町・白木町の一部)
【全焼家屋:21】

加和屋町(本町1丁目。梶川町の一部を含む)
【半壊家屋:13 全焼家屋:84】

愛宕町(伊奈波通2丁目)
【全焼家屋:110】

末広町(新桜町の一部を含む)
【全焼家屋:14】

靭屋町(新桜町の一部を含む)
【全焼家屋:56】

大和町
【全焼家屋:8】

中竹屋町
【全焼家屋:67】

上竹屋町
【全焼家屋:30】

釜石町(本町3丁目)
【全焼家屋:30】

布屋町
【全焼家屋:12】

本町(本町2丁目)
【全焼家屋:33】

松屋町(栄扇町の一部を含む)
【全焼家屋:102】

魚屋町
【全焼家屋:19】

上新町
【全焼家屋:33】

久屋町
【全焼家屋:22】

中新町
【全焼家屋:22】

蜂屋町
【全焼家屋:17】

大工町
【全焼家屋:45】

甚衛町
【全焼家屋:12】

珠城町(矢島町1丁目上組)
【全焼家屋:52】

間之町
【全焼家屋:16】

加茂町(矢島町1丁目中組)
【半壊家屋:11 全焼家屋:46】

相生町(矢島町1丁目下組)
【全焼家屋:36】

榊町(伊奈波通3丁目)
【全焼家屋:14】

矢島町(矢島町2丁目)
【半壊家屋:4 全焼家屋:90】

栄町(栄扇町・矢島町2丁目・松屋町の一部)
【全焼家屋:18】

木造町
【全壊家屋:23 半壊家屋:16 全焼家屋:16】

上ヶ門町(本町7丁目)
【全壊家屋:1 半壊家屋:3 全焼家屋:6】

七曲町(本町6丁目)
【全壊家屋:24 半壊家屋:9 全焼家屋:4】

車之町(本町5丁目)
【半壊家屋:65 全焼家屋:5】

鍛冶屋町(本町4丁目)
【全壊家屋:3 全焼家屋:49】

下新町
【全焼家屋:79】

下大桑町
【全焼家屋:58】

中大桑町
【全焼家屋:52】

上大久和町
【全焼家屋:36】

西材木町
【全焼家屋:31】

東材木町
【全焼家屋:37】

北今町(今町1丁目)
【全焼家屋:32】

上今町(今町2丁目)
【全焼家屋:34】

中今町(今町3丁目)
【全焼家屋:25】

下今町(今町4丁目)
【全焼家屋:23 半焼家屋:1】

富茂登(湊・上材木・御手洗・玉井・元浜・川畔・大宮・木挽・山口・益屋・上茶屋・下茶屋・松下・松山・夕陽ヶ丘・松ヶ枝・大仏・梶川の各町)
【全壊家屋:1 半壊家屋:290 全焼家屋:57 半焼家屋:4】

稲束(啓運町が含まれる)
【全壊家屋:196 半壊家屋:195 全焼家屋:10 半焼家屋:1】

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