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金華水防団 -金華を襲った水害-【金華街角コラム】

2020.03.22 181

金華水防団 -金華を襲った水害-

金華水防団

 長良川に接し、度々洪水に見舞われてきた金華地区。昭和32年(1957)、水防法の規定に基づき、水防団の設置、区域、組織などを定めた岐阜市水防団設置条例が制定された。これを受け、昭和34年7月、当時の金華広報連合会長後藤喜八氏、同副会長若染一雄氏の尽力により、若染一雄氏を初代団長に、金華水防団が結成された。担当区域は、御手洗から四ツ屋公固までの長良川。堤防延長は2,300メートルである。

 水防団員は、一般的に消防団員が兼務していることが多い。しかし、岐阜県ではこの金華水防団が所属する岐阜市水防団、ならびに羽島市水防団、木曽川右岸地帯水防事務組合、海津市高須輪中水防団の4団体は、全国的にも珍しい専任水防団となっている。

 周辺地区では、本町7丁目と四屋町の境から下流の長良川の左岸は、明治32年設置の、加納輪中水害予防組合による加納輪中水防組が出水に備え、右岸では、昭和9年、名称を変えた長良川北水害予防組合が、川北水防組を組織していた。それに比較して、金華地区では、水防団結成までの歴史が浅く、当初は大変苦労したと伝えられている。

台風10号で増水した長良川(平成10年10月18日)
浸水した長良橋電車停留所(大正14年8月17日)
加納輪中水害予防組合編『水防要覧』(昭和5年)より

金華を襲った水害と陸閘

 昭和34年9月、伊勢湾台風により長良川は大出水となった。岐車市忠節の測水所では、27日午前5時に、警戒水位を3メートル上回る5.5メートルの水位を記録し、長良橋付近の内堤防を越えた水が、河原町地区及び御手洗を冠水させ、さらに本堤防も溢涜して大宮町、大仏町、松ケ枝町、梶川町の一部までもが浸水した。

 金華地区の被害は、全壊6棟、半壊9棟、床上浸水470棟、床下浸水230棟を数えるとともに(28日判明分)、観覧船や荷船なども多数流失した。

 さらに、翌年8月に襲来した台風11、12号では再び長良川が増水し、校区では床上浸水218棟、床下浸水50棟(16日現在)の被害が発生、さらに翌36年6月の梅雨前線豪雨、9月の第二室戸台風でも浸水被害が発生した。

 いずれも長良橋付近からの溢涜浸水が大きな原因であったが、当時の陸閘は角材を落とし込む方式のため、その角材調達が間に合わないことがあった。

 そのため、昭和37年6月長良橋南詰に、長良橋通りを閉鎖して浸水を止める高さ3.36メートルの防水扉「大宮陸閘」が新設された。これに伴い、岐車県知事、岐阜市長、岐車県警察本部長、名古屋鉄道株式会社の四者で、陸閘操作に関する協定が結ぼれた。

 現在、大宮陸閘の場合、長良川右岸長良橋水位観測所の水位が標高19.88メートルに達し、なお上昇する恐れのある場合は全閉し、それ未満に減水し、増水の恐れがないと全開する。この水位は各陸閘毎に決められており、例えば観覧船事務所前の「港町陸閘」では19.33メートルである。

伊奈波貯水槽

 一方、大雨の場合、金華山から一気に流れ出る水による被害も多く、特に、伊奈波神社参道の流水により、その付近の住宅が、床下浸水することが多かった。そのため、昭和56年、神社前広場地下に伊奈波貯水槽が建設され、ここで一旦水量を緩和してから、用水路へ放出するようにした。

ゲートを閉めた大宮陸閘
ゲートを閉めた港町陸閘
岐阜市水防団連合演習における
金華水防団の土のう積み工
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