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ホーム›金華日々徒然› 金華の景色四季折々エッセー › 「和の文化と自然」 西部法照 八事 興正寺住職
日本各地に伝わる年中行事や通過儀礼など、いつ、だれによって始められたということでもなく、自然に発生し、無意識に先祖たちによって受け継がれ、今に続いてきた宗教儀礼や行事を、今日的表現で「自然宗教」と言い表します。それに対して教祖の説く教義や戒律・儀式などをもった宗教を「創唱宗教」と呼びます。
初詣、村の鎮守祭り、節句やお彼岸・お盆の行事、秋祭り、七五三参りや初宮参りなども自然宗教の部類でしょう。それらは地域の慣習や風習、先祖への感謝や自然や山河に対する敬虔な気持ちなどによって次第に形ができあがってきたと考えられるからです。
日本人は自然や四季の変化に応じて農耕し、祭りごとや生活習慣、地域の文化を育んできました。それらの日本的宗教観と釈尊の説かれた仏教は習合して今日の日本仏教・和風文化が生み出され育ち培われてきたのでしょう。長い歴史の中で育ち培われてきた日本人の魂のつながりと受け止めるべきかもしれません。
日本人の精神性は、移ろい行く儚き生命を美と捉え、山川草木の自然美を慈しむたおあやかな心を育んできました。まことに日本人の心は、自然を友とし、自然の中に安らぎや命の繫がりを感じてきたのでしょう。高野山をお開きになった真言宗の祖「弘法大師」空海さまもまた「草木国土悉皆成仏」という言葉を残されています。
しかしながら、今日の私たちが暮らす社会や生活環境を考えるとき、もともと日本人が育んできた自然と共にある生き方とはあまりにもかけ離れ、人間優先、人間本位の文明社会で埋め尽くされています。
およそ生きとし生けるものは、命のつながりと継承によって成り立っていることは言うまでもありません。私たち現代人の生き方が、利便性や経済効率の名のもとに、あまりにも人間の傲慢をむき出しにした社会を求め続けるならば、そして自然や宇宙の霊性を感じ取ることを忘れてしますようならば、その責任は私たち自身と次世代の子どもが重く背負うことになってしまうでしょう。
自然界に広がる霊性への気づきこそが、私たちの心に安らぎを与え、生活に潤いを感じさせてくれるのではないでしょうか。
お寺には霊性を感じさせる自然生命の神秘があります、そこに現代社会に暮らす私たちの命の源があります。お寺には生命の神秘性を享け止め、心を満たす時空があるのです。