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金華水防団

2020.03.03 180

金華水防団 ―金華を襲った水害―

金華水防団

 長良川に接し、度々洪水に見舞われてきた金華地区
昭和32年(1957)、水防法の規定に基づき、水防団の設置、区域、組織などを定めた岐阜市水防団設置条例が制定された。
これを受け、昭和34年7月、当時の金華広報連合会長後藤喜八氏、同副会長若染一雄氏の尽力により、若染一雄氏を初代団長に、金華水防団が結成された。
担当区域は、御手洗から四ツ屋公固までの長良川。
堤防延長は2,300メートルである。

 水防団員は、一般的に消防団員が兼務していることが多い。
しかし、岐阜県ではこの金華水防団が所属する岐阜市水防団、ならびに羽島市水防団、木曽川右岸地帯水防事務組合、海津市高須輪中水防団の4団体は、全国的にも珍しい専任水防団となっている。

 周辺地区では、本町7丁目と四屋町の境から下流の長良川の左岸は、明治32年設置の、加納輪中水害予防組合による加納輪中水防組が出水に備え、右岸では、昭和9年、名称を変えた長良川北水害予防組合が、川北水防組を組織していた。
それに比較して、金華地区では、水防団結成までの歴史が浅く、当初は大変苦労したと伝えられている。

金華水防団の活動紹介

金華を襲った水害と陸閘

 昭和34年9月伊勢湾台風により長良川は大出水となった。
岐車市忠節の測水所では、27日午前5時に、警戒水位3メートル上回る5.5メートルの水位を記録し、長良橋付近の内堤防を越えた水が、河原町地区及び御手洗を冠水させ、さらに本堤防も溢涜して大宮町大仏町松ケ枝町梶川町の一部までもが浸水した。

 金華地区被害は、全壊6棟半壊9棟床上浸水470棟床下浸水230棟を数えるとともに(28日判明分)、観覧船や荷船なども多数流失した。

 さらに、翌年8月に襲来した台風11、12号では再び長良川が増水し、校区では床上浸水218棟床下浸水50棟(16日現在)の被害が発生、さらに翌36年6月の梅雨前線豪雨、9月の第二室戸台風でも浸水被害が発生した。

 いずれも長良橋付近からの溢涜浸水が大きな原因であったが、当時の陸閘は角材を落とし込む方式のため、その角材調達が間に合わないことがあった。

 そのため、昭和37年6月長良橋南詰に、長良橋通りを閉鎖して浸水を止める高さ3.36メートルの防水扉「大宮陸閘」が新設された。
これに伴い、岐車県知事、岐阜市長、岐車県警察本部長、名古屋鉄道株式会社の四者で、陸閘操作に関する協定が結ぼれた。

 現在、大宮陸閘の場合、長良川右岸長良橋水位観測所の水位が標高19.88メートルに達し、なお上昇する恐れのある場合は全閉し、それ未満に減水し、増水の恐れがないと全開する。この水位は各陸閘毎に決められており、例えば観覧船事務所前の「港町陸閘」では19.33メートルである。

伊奈波貯水槽

 一方、大雨の場合、金華山から一気流れ出る水による被害も多く、特に、伊奈波神社参道流水により、その付近の住宅が、床下浸水することが多かった。
そのため、昭和56年、神社前広場地下に伊奈波貯水槽が建設され、ここで一旦水量を緩和してから、用水路へ放出するようにした。

岐阜市水防連合演習
「夜間陸閘訓練」大宮陸閘にて
「港町陸閘」 平成30年7月 -西日本豪雨- 夜を徹しての出動作業が行われた

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